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  • フィリピンで不動産業を始めたい日本人が知るべき法律と現実 ─ 「知らなかった」では済まされない7つの壁

    フィリピンで不動産業を始めたい日本人が知るべき法律と現実 ─ 「知らなかった」では済まされない7つの壁

    フィリピンの不動産市場は魅力的だ。BGCの高層コンドミニアム、セブのリゾート開発、クラークの経済特区。日本人投資家や事業者が「ここでビジネスをしたい」と感じるのは自然なことだろう。

    しかし、その魅力の裏には、外国人に対して極めて厳格な法規制が存在する。

    フィリピンで不動産業に関わる日本人は少なくない。だが、その中には、必要なビザもライセンスもないまま「紹介者」「コンサルタント」として活動し、知らず知らずのうちに複数の法律に違反しているケースが存在する。

    本記事では、日本人がフィリピンで合法的に不動産業を行うために必要な手続きと、ビザのない人間がやってはいけないことを、法的根拠とともに具体的に解説する。


    1. そもそも外国人はフィリピンで不動産業ができるのか

    結論から言えば、原則としてできない。

    フィリピンの不動産サービス業は、**RA 9646(Real Estate Service Act of the Philippines、2009年施行)**によって規制されている。この法律のSection 14(a)は、ライセンス試験の受験資格として明確にこう定めている。

    「A citizen of the Philippines」(フィリピン国籍者であること)

    つまり、日本人がフィリピンで不動産ブローカーやセールスパーソンのPRC(Professional Regulation Commission)ライセンスを取得するには、相互主義(Reciprocity)の壁を越えなければならない。

    RA 9646 Section 24はこう規定する。

    「No foreign real estate service practitioner shall be admitted to the licensure examination or be given a certificate of registration (…) unless the country of which he/she is a citizen specifically allows Filipino real estate service practitioners to practice within its territorial limits on the same basis as citizens of such foreign country.」

    日本にはフィリピンの不動産資格保持者に同等の権利を付与する制度は存在しない。日本とフィリピンの間に相互主義は成立していない。 したがって、日本国籍者がPRCライセンスを取得することは、現行法上、事実上不可能だ。


    2. 「ブローカーの下で働く」も違法

    「自分はライセンスを持っていないが、フィリピン人のライセンスブローカーの下でセールスパーソンとして働いている」という日本人がいるかもしれない。

    これも違法である。

    RA 9646 Section 31は、セールスパーソンについてPRC(Board)によるaccreditation(認定)を義務付けている。そのaccreditationの前提は「少なくとも大学2年修了」と「不動産仲介に関する研修の修了」だが、そもそもSection 14(a)のフィリピン国籍要件と Section 24の相互主義要件を満たさない外国人は、accreditationの土俵に上がれない。

    さらに、Section 29は無資格者による不動産サービスの提供を明確に禁止しており、違反者にはSection 39でPHP 100,000以上の罰金または2年以上の禁固、もしくはその両方が科される。無免許者の場合はこの倍額だ。

    他人のライセンスを借りて活動すること(いわゆる「名義貸し」)は、ライセンスを貸した側にもSection 19(b)に基づく免許取消・停止処分が適用される。


    3. ビザなしで「仕事をする」ことの重大さ

    フィリピンの入国管理法(Commonwealth Act No. 613)の下で、外国人がフィリピン国内で報酬を伴う業務活動を行うには、適切な就労ビザが必要だ。

    最も一般的なのは**9(g)ビザ(Pre-Arranged Employment Visa)**で、Bureau of Immigration(BI)が発行する。取得にはフィリピン国内の雇用主のスポンサーシップ、DOLE(Department of Labor and Employment)が発行するAEP(Alien Employment Permit)、そしてSEC登録済みの雇用企業が必要だ。

    観光ビザやSRRV(特別居住退職者ビザ)では就労できない。 これはフィリピンに長年住んでいる日本人でも誤解していることが多い。SRRVは「居住」を許可するものであって「就労」を許可するものではない。

    2025年にDOLEが発行したDepartment Order No. 248は、AEPの規則をさらに厳格化しており、雇用主にはフィリピン人従業員へのスキル移転計画(Understudy Training Program)の提出が義務付けられている。

    ビザなしで不動産仲介を行い、報酬を受け取るという行為は、入管法違反、DOLE規則違反、RA 9646違反の三重違反だ。BIに通報されれば、ブラックリスト登録、退去命令、再入国禁止の処分が下る可能性がある。


    4. 日本人がフィリピンで合法的に不動産事業に関わる方法

    では、合法的な道は完全に閉ざされているのか。そうとも限らない。以下のような方法がある。

    4-1. フィリピン法人を設立し、フィリピン人ブローカーを雇用する

    外国投資ネガティブリスト(Foreign Investment Negative List / FINL)において、不動産サービス業(ブローカー業務そのもの)は外国人が直接従事できない専門職としてリストAに含まれている。

    しかし、フィリピンでSEC登録の法人を設立し、その法人がPRCライセンスを持つフィリピン人ブローカーを正規雇用するという形であれば、事業自体は成立し得る。外資比率の制限(最大40%)やAnti-Dummy Act(共和国法第5455号)との整合性には細心の注意が必要だ。

    この場合でも、日本人自身がブローカー業務を行うことはできない。あくまで経営者・出資者として関与し、実際の仲介業務はライセンスを持つフィリピン人が行う形だ。

    4-2. 日本国内で海外不動産の情報提供を行う

    東京地判平成29年9月11日が明確に判示した通り、日本の宅建業法は海外不動産に適用されない。 逆に言えば、日本国内で「フィリピンの不動産情報を提供する」事業は、宅建業法の規制対象外だ。

    ただし、国土交通省通達(平成25年12月26日付・国土動指第71号)は、宅建業者が海外物件を国内で取り扱う場合に消費者保護に努めるよう求めている。法的拘束力はないが、業界の倫理基準として認識すべきだ。

    そしてこの場合でも、実際の売買仲介行為をフィリピン国内で行えばフィリピン法の規制対象になる。 日本から情報提供をするだけなのか、フィリピンに渡航して買主と売主の間に入るのかで、法的な評価は180度変わる。

    4-3. 投資家として自己所有物件を売買する

    RA 9646 Section 28(a)は、自己所有物件に関する行為を不動産サービス業の適用除外としている。つまり、日本人がフィリピンでコンドミニアム(外国人が所有可能な物件)を購入し、それを自分で売却する行為自体は、ブローカーライセンスがなくても問題ない。

    ただし、これはあくまで「自分の物件を自分で売る」場合に限られる。他人の物件の売買を仲介した時点で、RA 9646の規制対象になる。


    5. 「知り合いの紹介」が犯罪になる瞬間

    フィリピン在住の日本人コミュニティでは、不動産の売買は「知り合いの紹介」で行われることが多い。ここに危険が潜んでいる。

    善意の紹介であっても、それに対して報酬(コミッション)を受け取った時点で、RA 9646 Section 27が定める「不動産サービスの実践」に該当する可能性がある。Section 27は次のように定めている。

    「Any single act or transaction embraced within the provisions of Section 3(g) hereof (…) shall constitute an act of engaging in the practice of real estate service.」

    一回限りの紹介であっても、報酬を伴えば不動産サービスと見なされ得るのだ。「業としてやっていない」「たまたま知り合いを紹介しただけ」は法的な抗弁にならない。


    6. Official Receipt(OR)を発行できない人間とは取引してはいけない

    フィリピンで事業を行うすべての者は、BIR(Bureau of Internal Revenue)への事業者登録とOR(Official Receipt)の発行が義務付けられている。これはNational Internal Revenue Code(NIRC)に基づく義務だ。

    不動産ブローカーがORを発行できないということは、以下のいずれかを意味する。BIRに事業者登録していない(脱税)、ライセンスが失効している、あるいはそもそも正規の事業者ではない。

    ORが出ない相手にコミッションを支払った場合、支払った側もBIRから問題を指摘されるリスクがある。 税務上、正規のORがない支出は経費として認められない。


    7. 日本の税法との衝突 ─ 海外で稼いだお金を日本で処理する落とし穴

    フィリピンで不動産関連の報酬を得た日本人が、それを日本の法人で売上計上する場合、以下の問題が生じる。

    消費税について。国税庁タックスアンサーNo.6210「国外取引」の通り、フィリピンに所在する不動産に関する役務は「国外取引」であり、日本の消費税は不課税だ。にもかかわらず消費税を上乗せして請求すれば、不正な請求になる。

    法人税について。フィリピン法上違法な役務(無資格での不動産仲介)から得た収益を日本法人で計上することは、税務調査で問題視される可能性がある。

    外為法について。フィリピンから日本への送金において、正規の銀行チャネルを通さない非公式な通貨交換は、外国為替及び外国貿易法および犯罪収益移転防止法に抵触する。


    まとめ:「グレーゾーン」という幻想

    フィリピンの不動産業界で活動する日本人の中には、「みんなやっている」「今まで問題になったことがない」と考える人がいる。しかし、法律は「執行されていないこと」と「合法であること」を区別しない。

    RA 9646の罰則は明確だ。入管法の執行は年々厳格化している。日本の国税庁は海外資産に対する監視を強化し続けている。

    フィリピンで不動産に関わりたいなら、まず法律を知ること。そして、適切なビザ、適切なライセンス体制、適切な税務処理を整えること。それがあなた自身を守り、あなたの取引相手を守り、この美しい国での事業を長く続ける唯一の方法だ。


    FAQ(よくある質問)

    Q1. 日本人がフィリピンで不動産ブローカーのライセンスを取得することは可能ですか?

    現行法上、極めて困難です。RA 9646 Section 14(a)はライセンス試験の受験資格として「フィリピン国籍」を要件としており、Section 24の相互主義条項は「外国人の母国がフィリピン人に同等の権利を付与している場合」のみ例外を認めています。日本にはフィリピンの不動産資格保持者に同等の権利を付与する制度がないため、日本国籍者がPRCライセンスを取得する道は事実上閉ざされています。

    Q2. 観光ビザやSRRVで不動産の仲介活動をしても問題ありませんか?

    問題があります。観光ビザは就労を許可しておらず、SRRVも居住を許可するものであって就労許可ではありません。報酬を伴う業務活動を行うには、9(g)就労ビザとDOLE発行のAEP(Alien Employment Permit)が必要です。これなしに不動産仲介を行い報酬を受け取れば、入管法違反、DOLE規則違反、RA 9646違反の三重違反となり、ブラックリスト登録や退去命令の対象になり得ます。

    Q3. フィリピン人ブローカーの名義で活動すれば合法ですか?

    違法です。RA 9646 Section 29は無資格者による不動産サービスの提供を禁止しており、Section 19(b)は自身のライセンスを他者に使わせることも違反としています。いわゆる「名義貸し」は貸す側・借りる側の双方が処罰対象です。

    Q4. 自分が所有するコンドミニアムを売却する場合もライセンスが必要ですか?

    必要ありません。RA 9646 Section 28(a)は、自己所有物件に関する行為を適用除外としています。ただし、これはあくまで自分の物件を自分で売る場合に限られます。他人の物件の売買を仲介した時点で、ライセンスが必要になります。

    Q5. 日本の宅建業免許を持っていれば、フィリピンの不動産を扱えますか?

    日本の宅建業法はフィリピンの不動産には適用されません(東京地判平成29年9月11日)。日本の宅建業免許はフィリピンでの不動産仲介を合法化する効力を持ちません。フィリピンで不動産サービスを行うにはフィリピン法に基づく資格が必要であり、日本での免許は無関係です。

    Q6. フィリピンで不動産の仲介手数料を受け取り、日本の法人で売上計上できますか?

    複数の問題があります。フィリピンで無資格で行った不動産仲介は違法行為であり、その対価を日本法人で売上計上することは税務上の問題を生じます。また、フィリピンに所在する不動産に関する役務は「国外取引」として日本の消費税は不課税です。消費税を上乗せして請求すれば、不正な請求となります。

    Q7. Official Receipt(OR)を発行できないブローカーに仲介を依頼しても大丈夫ですか?

    大丈夫ではありません。ORを発行できないということは、BIRへの事業者登録がなされていないか、ライセンスが失効しているか、正規の事業者ではない可能性があります。ORなしの支出は税務上の経費として認められず、支払った側もBIRから問題を指摘されるリスクがあります。ブローカーに依頼する際は、必ずPRCライセンスの有効性とOR発行能力を事前に確認してください。PRC Verification(https://verification.prc.gov.ph/)でオンライン確認が可能です。

    Q8. 「知り合いを紹介しただけ」で報酬を受け取るのは合法ですか?

    RA 9646 Section 27は「any single act」(一回限りの行為)であっても不動産サービスに該当すると定めています。善意の紹介であっても報酬を受け取れば、無資格での不動産サービス提供として処罰対象になり得ます。無報酬の純粋な紹介であれば問題ありませんが、金銭が動いた時点で法的リスクが発生します。


    本記事は2025年1月時点の法令に基づいて作成しています。フィリピンの法規制は改正が頻繁に行われるため、具体的な事業判断の際にはフィリピンの弁護士にご相談ください。

    筆者注:本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、法的助言ではありません。個別の案件については、必ず専門家にご相談ください。